コース内容
朱樺は黄金色とかわる。
小島烏水を読み解きます。
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奥常念岳の絶巓に立つ記
レッスン内容

朱樺の火は燃え出した、その明るくなることは、花が発ひらくのと同じで、万象の色が真の瞬間に改まる、槍と穂高と、兀々ごつごつした巉岩ざんがんが、先ず浄い天火に洗われて容かたちを改めた、自分の踏んでいる脚の下の石楠花しゃくなげや偃松はいまつや、白樺の稚おさないのが、今眠から醒めたというように朝風に身振いしてソヨソヨと顫ふるった、天地皆新しい。
 朱樺は黄金色とかわる。
 桔梗色ききょういろに濃かった木曽御嶽の頭に、朝光が這うと微明ほんのりとして、半熱半冷、半紅半紫を混ぜて刷はく、自分は思った、宇宙間、山を待ってはじめて啓示される秘色はこれであると、噫ああ、何ぞ紫の筑波を説かん。
 天は愈いよいよ明るい、氷の海は一層の白を加うると共に、一分の硬味を減じて来た雪になったのである、玉屑ぎょくせつ累々ともいうべき空に懸れる雪の大路を無形の手で、橇そりを縦横に掻き廻しはじめたと見え、捏こね返した痕跡が割れ目を生じたころは、雪は一方に堆うずたかく盛り上られ、一方では掬すくわれたようにげっそりと凹へこむ。

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